寝たら良い

昔、何か機会があって『アラサーちゃん』を読んだことがあり、その中でこれはなかなか見事だなと思った描写があった。それは、主人公が鬱になりかけた時、ハッとそれに気付き、すぐに部屋を掃除し、風呂にゆっくり浸かり、早めに布団に入って寝る、という一連の行為によって鬱を回避する、という描写だった。

これ、わかる人も少なくないと思う。経験的に、これはシンプルだけど悪いペースにはまらないためのすごく重要な動きで、他方、少なくとも自分は20そこらの歳の頃にはなかなかできなかったこと。わりと単純なもので、例えば夜になると不安になったり心細くなったりする。あまりに長く一人で暇を持て余しているとろくなことをしない。腹が減るとイライラする。挙げればきっとキリがないけど、こういう具合に、得てして悪循環の入り口となりうる事柄には何らかの条件が伴っている。だから条件の方に対処することが重要になる。特定の状況下で次々と浮かんでくる観念をまともに受け取らず、状況の方を早々に変えることで、うまくいけば悪循環を回避することができる。

若い頃にはこれがなかなか難しく、つい観念の方に律儀に付き合ってしまうので、どんどん悪いペースから抜け出せなくなる。そういう経験を何度もしていくうちに、ある種の疲れを伴いつつ、というか疲れてくるからこそできるようになるのかもしれないが、自分が何らかの観念に囚われているということそれ自体を相対化して見られるようになってくる。もう少し自分とドライに付き合うことができるようになってくる。

そういうわけで、今や私も寝る前にあまり余計なことを考えないようにするようになった。何か嫌な観念が浮かんでもある程度は無視することができるようになってきた。

しかし、今日は、たまには嫌な感覚に少しだけ付き合ってみようと思った。言葉にしてみようと。

将来のことが時々不安になる。もうあまり若くもなく、たいした経験も積んでこなかった自分が、今後、果たしてどこかにうまく引っかかるんだろうか、という気持ちになる。

こういう時に求人サイトなんかを眺めると、もう最悪だ。可能性を丁寧に一つずつ、具体的に潰されていくような気持ちになるから。

だから今夜はもう寝る。いずれにせよ、同じことを考えるなら、たっぷり眠って冴えた頭で考えた方が明らかに良いんだから。